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2015年04月30日(木)

また、いつか逢おうね

前回からの続きです。


そして、初七日にはコタロウのお仏壇も届きました。

コタを送る前の日に決めたママとして出来ることを きちんとしようと思いました。


コタロウが安心して天国に行けるように。

泣かないように、淋しいと言わないようにと…


それでも、泣いてしまったり、淋しいと言ってしまった時は、
コタのお仏壇の前に座って
『コタ、泣いちゃってごめんね。でも、ママは大丈夫だからね。
ママはコタが天国で幸せに暮らしてくれることが1番嬉しいからね。』
と、コタロウに語りかけました。


もう、コタロウには、どこも悪いところは無いから
コタが食物アレルギーで食べられなかった、わんこのおやつや、
私たちが食べるものや、好きだった果物などをお供えして、お花を
絶やさないようにしています。


前に、ペットや自分の子供は神様からの大切なお預かりものだと聞いたことがあります。

私たち夫婦は、きちんと神様にお返し出来たのかな?

コタを少しでも幸せにしてあげられたのかな?

コタは、うちの子になって良かったって思ってくれたかな?


私は、コタにたくさん幸せをもらったから、コタも少しでも幸せだと思ってくれたら嬉しいな。


いつまでも、コタロウはママにとって大切な大切な宝物です。

悪いところをたくさん持って生まれて来て
15歳と7ヶ月と20日
よく、ここまで頑張ってくれました。
コタロウ ありがとう。


49日も無事に過ぎて忌明けしました。

きっと、もう天国にいると思います。

コタロウとの思い出を大切に前を向いていこうと思います。


でも、これからは淋しい時は、少し泣きます。

コタロウ 本当に本当にありがとう。
いつまでも大好きだよ。

いつか、また逢おうね




亡くなる日の朝のコタロウです。
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06:24  |  コタロウ  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2015年04月30日(木)

お別れ

前回からの続きです。


そして、お別れの日

お寺の方に言われた通りに、お花と生前好きだったおやつを用意しました。

お花は、菊とか百合とかがいいのでしょが、チューリップやスイートピーなど明るい色で春っぽいお花を用意しました。

おやつは、コタが、よく食べていたものと大好きだった安納芋を、いつものように
ストーブで焼いた焼き芋を持って行きました。


お花は、コタロウの周りに置いて、コタの口の前には持ってきたおやつと焼き芋を置きました。

そうして荼毘にふされました。


お骨を拾う時に、お寺の方に『亡くなるまで元気だったんですね』と言われました。

顎の骨も歯も骨盤も崩れずに残っていました。
珍しいそうです。


コタロウは生まれつき
気管が蛇腹状になる気管虚脱
股関節と膝蓋骨の発達不全で骨が外れやすくて
肝臓の数値が正常の範囲内ではあるものの数値が高くて
食物アレルギーが有りました。

お骨になったコタロウの骨盤も足の骨も、しっかり残っていました。
良かったと泣いてしまいました。


お寺の方のお心遣いで、いつも一緒にいられるようにと
喉仏と爪と爪のお骨をカプセルに入れて下さいました。


私は、家にいるので、いつもコタと一緒に居られるので、このカプセルは主人に持っててもらうことにしました。


お別れの日は、良いお天気で、雨の嫌いなコタロウには、とても良い旅立ちの日になりました。


次に続きます。
05:22  |  コタロウ  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2015年04月30日(木)

ママとして

前回からの続きです。


主人も辛いのに、放心状態で泣いている私に代わって、立会い火葬をして下さるお寺を探して予約をしてくれました。

3月13日の11時にお寺に行って、お別れになりました。


コタロウのお顔は、とても穏やかで、いつもみたいにお昼寝をしているようで…
『コタ~』と声をかけたら起きてきそうで…


いつもみたいに頭を撫でて
いつもみたいにコタロウの毛は柔らかくて
でも、いつもみたいに温かくなくて…

それが、亡くなったのだと実感させられて、ただ、ただ悲しくて、
涙がどんどん溢れて来て止められませんでした。
ただ静かに泣いていました。


荼毘にふす前の夜
『明日、お別れなんだ』と思ったら取り乱してしまって
主人に『コタロウを焼くなんて、そんな可哀想なこと出来ない!』と泣きじゃくってしまいました。

主人は辛そうに、でも、静かに『コタロウをきちんと送ってあげよう。』
と言われて、しっかりしなきゃと思い直しました。

これから49日が終わるまで、コタロウが安心して天国に行けるように、
なるべく泣かないように、なるべく淋しいと言わないようにしよう!

それが、コタロウのママとして、最後に私が出来ることだ。
コタロウには、いつでも幸せでいて欲しい。
それは、コタがうちに来てから、
ずっと変わらない思い。


コタは、生前、私が辛そうな顔をしていたり、泣いていると、
私の前にお座りして、お手をするように前足を私の体に触れさせて、
心配そうに私の顔を覗き込んでいました。

まるで『泣かないで』と言われているようでした。

だから、コタに心配させないようにしないと!
と、強く思いました。



次に続きます。






04:50  |  コタロウ  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2015年04月30日(木)

ありがとう



去る 3月10日 19時43分 コタロウは虹の橋を渡りました。
享年15歳7ヶ月と20日でした。


亡くなる前の日の夜に、急に後ろ足が立たなくなり、
慌てて夜間診療をしている病院に行って診てもらって
『老化による脳の萎縮から来るものでしょう』と診断されて、
それなら、寝たきりになっても少しでも幸せな老後を送らさせてあげようと
思っていた矢先のことでした…


容態が急変したのが、10日の19時過ぎでした。
コタロウの掛かりつけの病院に電話をしたのですが、診断時間が終わっていて繋がらず
亡くなる前の夜に行った夜間診療をしている病院に行くことを決めて、主人に連絡を入れて、
着の身着のまま、お財布だけ持って出ようとした時に、コタロウの意識が段々と薄れてきました。

コタロウに声を掛けて、お水を飲ませたりしましたが、すっと眠るように亡くなりました…

私は、たぶん、今まで生きてきたなかで1番大きな声を上げて泣きました…
『嫌ー!』と叫びながら泣きました。


それから、どれだけ泣いたのか…
コタロウを抱き上げて、赤ちゃんを抱っこしてヨシヨシするように、
今度は、コタロウにいつも話しかける時の声の大きさで

『コタロウ、春になって暖かくなったら、コタとパパとママと3人で、コタのおやつ持ってお弁当持ってピクニックに行こうって言ってたでしょう。だから、目を覚まして… 』

『後ろのあんよが立たなくても、介助ベルトがあれば、前のあんよだけでわんぽ出来るんだよ。ダメだったら、わんこ用の車いすも有るんだよ。それもダメなら、ママが抱っこしてコタがクンクン匂いを嗅ぎたい場所まで連れて行ってあげるよ。』

『おうちの中でチーしても気にすることないんだよ。その為にチーベルト(マナーベルト)してるんだから… 床が汚れたら拭けばいいし、お洋服が汚れたら洗えばいいだけのことなんだよ。そんなこと、ママ、全然苦じゃないよ。歳を取れば仕方ないことなんだから、コタは気にしなくていいんだよ。』

と、話し掛けていました…

話し掛けている時に主人が帰って来ました。
私の電話を受けてから、すぐに会社を出たらしく、主人にしては早い時間の帰宅でした。

帰って来て部屋に入って第一声が辛そうな顔で『間に合わなかったか』でした…


その言葉を聞いて、主人の辛そうな顔を見て、私は、また、火が付いたかのように声を上げて泣きました。


主人にコタロウの亡き骸を、そっと渡しました。
主人もコタロウを抱き締めていました…

そして、主人がコタを いつも寝ているマットの上に寝かせてくれて…

その時、私は助けてあげられなかった思いから、泣きながら『ごめんね』とコタロウに声を掛けました。

すると、主人に『違うでしょ。ありがとうでしょ。』
と言われて、そっかと思い『今までありがとう』と声を掛けました。


それから、私はコタロウを荼毘にふすまでの間、ずっとコタの側にいました。


次に続きます。



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